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広島地方裁判所 昭和48年(行ウ)26号 判決 1976年5月27日

原告

新宅得郎

外一四二名

右原告一四三名訴訟代理人

堀内信夫

外二名

被告

建設大臣

竹下登

右指定代理人

下元敏靖

外一一名

主文

原告らの訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告ら

一、請求の趣旨

1  被告が、日本道路公団に対してなした山陽自動車道吹田廿日市線広島県賀茂郡志和町(現在東広島市)・広島市間の新設工事に関する工事実施計画書を認可する処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

被告

一、本案前の抗弁

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

原告

一、請求原因

(一)  被告は日本道路公団(以下公団という)に対し昭和四八年九月二六日公団提出にかかる山陽自動車道吹田廿日市線広島県賀茂郡志和町・広島市間の新設工事に関する工事実施計画書を認可した。(以下本件認可という)

(二)  本件認可にはつぎのような違法事由が存する。

1 本件自動車道等公共事業を計画するに当つては、事前に周辺住民の健康、環境破壊等につき環境影響調査ないし予測を行い、右事業施行に伴う健康に与える弊害環境破壊等を未前に防止すべきことが要請される。

この要請は、昭和三〇年代以降高度経済成長下において公害が多発するに至つた苦い経験を経て国民的な合意として承認されるところであり、政府も昭和四七年、閣議了解事項として、各種公共事業の実施に際しては事前に環境に及ぼす影響の程度、汚染防止策、代替案の比較検討等の調査研究を行わせることとした。

ところが、被告は本件認可に際し右環境影響の事前評価をしていないから閣議了解の趣旨に反し手続的に違法である。

2 公団の計画している道路構造では、現に東名高速道路等で問題となつているように道路が完成し多数の自動車が通行するようになつた場合、発生する騒音、排気ガスは国が定める環境基準を上廻ることが予測される。

したがつて被告は、本件認可により本件自動車道沿線に居住する原告らの健康が、右騒音、排気ガス等によつて脅かされることを予想しながらこれを無視して本件認可をなしたものであつて良好な住居環境保持を目的とする都市計画法の趣旨に反し違法である。

二、本案前の抗弁に対する原告の主張

(一)  公団は国から独立した法人であり、本件認可は被告が右公団に対して自らの責任において本件自動車道建設を行うべき権限を付与するものであるから、行政機関内部の行為と解することはできない。

(二)  原告らは、本件認可処分の当事者ではないが、本件自動車道沿線の住民であり、道路が新設された場合、通行する自動車から発生する騒音、排気ガス等により健康や生活環境に重大な被害を受けるおそれがあるから、本件認可の違法を主張して出訴しうるものと解すべきである。

被告

一、本案前の抗弁

(一)  原告らは本訴において被告が公団申請にかかる山陽自道車道吹田廿日市線新設工事に関する工事実施計画書の認可の取消を求めるが本件認可は抗告訴訟の対象となるべき行政処分と解すべきではない。すなわち、

1 高速自動車国道には(1)国土開発幹線自動車道建設法によつて決定された国土開発幹線自動車道の予定路線(同法三条別表)のうち、政令でその路線を指定したもの(高速自動車国道法四条一項一号)及び(2)高速自動車国道法三条により定められた高速自動車国道の予定路線のうち政令で指定したもの(同法四条一項二号)があるが、この新設に当り、被告は運輸大臣と協議のうえ整備計画を定めこれに基いて公団に対し新設工事の施行を命じ(道路整備特別措置法二条の二)公団は、右整備計画に基き、路線名、工事区間、工事方法、工事着手及び完成の予定年月日等を記載しかつ道路整備特別措置法施行規則で定める工事実施計画明細書、平面図、縦断図、横断定規図等を添附した工事実施計画書を作成しこれについて被告の認可を受けたものである。(道路整備特別措置法二条の三)、

2 日本道路公団法によれば、公団は通行または利用について料金を徴収することができる道路の新設、管理等を目的として設立された法人であり(同法一条)、資本金は全額日本政府が出資し(四条)、総裁、監事は被告が任命し(一〇条)、毎事業年度、予算、事業計画、資金計画等について被告の認可を受け(二二条)、財務諸表について毎事業年度の決算後被告の承認を受ける(二四条)等業務全般につき被告の監督に服し(三四条)、政府は公団の資金を貸付け道路債券を引受け(二七条)その債務を保証することができ(二八条)、不動産登記法及び政令で定めるその他の法令については公団を国の行政機関とみなしてこれらの法令を準用している(三九条の二)

3 右公団法の規定によれば公団は形式的には国から独立した法人ではあるが、機能的には被告の下部組織を形成し、実質的に考察すると一種の政府機関と同視さるべきものである。

本件認可の法的性質は、本件自動車道の新設を担当することになつた被告の下級行政機関ともいうべき公団が作成した工事実施計画書を上級行政機関たる被告が監督官庁として整備計画との整合性、被告の行政方針との適合性等につき審査のうえなす承認行為にあたると解すべきである。

したがつて本件認可は行政機関相互間の内部的行為とみるべきものであり、本件認可により直接国民の権利義務を形成し、もしくはその範囲を確定する効果を伴うものではない。

(二)  よつて本件認可は抗告訴訟の対象となる行政処分と解することはできないから、本訴は不適法として却下されるべきである。

二、請求原因に対する認否並びに被告の主張

(一)  請求原因一項につき本件認可の日は昭和四八年九月二五日であり、その余については認める。二項につき原告らが主張する環境影響事前調査をしていないことは認めるがこれが本件認可の手続的要件と解すべきではない。

(二)  被告は本件自動車道建設につき法令の定める環境基準を遵守する対策を講じており、昭和四七年六月二〇日公団に対し工事施行命令を発した際、工事の実施に当つては自然保護、騒音対策等環境保全に十分配慮するよう指示しているほか、閣議了解の趣旨を尊重し必要に応じ公団に対し具体的な指導(例えば防音のための築堤、防音壁、植樹帯等)を行う方針である。

第三  証拠関係<略>

理由

一山陽自動車道の新設手続並びに日本道路公団の地位役割について

(一)  本件山陽自動車道は国土の普遍的開発、産業の立地振興発展及び国民生活領域の拡大を期する等の目的を以て制定された国土開発幹線自動車道建設法(以下建設法という)に基き同法第三条別表により国が建設すべき自動車道の予定路線のうち、吹田市を起点とし神戸市、姫路市、岡山市、広島市、岩国市付近を主たる経過地として山口市を終点とする国土開発幹線自動車道であるが内閣総理大臣がこの基本計画を立案し、国土開発幹線自動車道建設審議会の議を経たうえで決定公表し(同法第五条一、二項)、被告及び運輸大臣が右基本計画に基き、右審議会の議を経て、自動車国道新設に関する整備計画を定めたものである。(高速自動車国道法、以下国道法という第五条二項建設法第五条一項)。

本件山陽自動車道のような高速自動車国道の新設は、本来被告がこれを行うべきもので(国道法第六条)右整備計画の決定後区域を決定、公示する手続段階に進展するものであるが道路整備特別措置法(以下措置法という)によると、被告は日本道路公団(以下公団という)に対し右整備計画に基く高速自動車国道の新設を行わせる(施行命令)ことができ(第二条の二)その場合公団は、路線名及び工事の区間、工事方法、工事予算、工事の着手及び完成の予定年月日を記載した工事実施計画書に、道路整備特別措置法施行規則第一条で定める工事実施計画明細書、平面図(二〇〇〇分の一)、縦断図、横断定規図等を添附し、これについてあらかじめ被告の認可を受けなければならないことになつている(第二条の三)工事実施計画書を変更する場合も同様である(同規定)。

そして、公団は右認可を受けたのち、被告が本来新設工事施行のためなすべき道路区域の決定、変更の権限を、代行することになるが(第六条の二、一項一号)右の権限を行使するに際しあらかじめ被告の承認を受け、又行使後は遅滞なくその旨を被告に報告しなければならない。(第六条の二、二項)。又被告は公団の工事にかかる道路の構造が検査の結果右認可した工事方法に適合しないと認めたときは適合することになるように工事方法の変更その他必要な措置をとるべきことを命ずることができることになつている。(第一五条第三項)、そのほか公団は新設した道路について料金を徴収しようとするときは、料金及び料金徴収期間についてあらかじめ被告及び運輸大臣の認可を受けなければならない(第二条の四)措置法の規定上被告が高速自動車国道の新設工事を、公団に施行させる場合の公団との関係の主要なものは右のとおりである。

(二)  日本道路公団法によれば公団は、通行または利用について料金を徴収することのできるいわゆる有料道路の新設、改築維持、修繕その他の管理を行うこと等を目的とし(第一条)政府が全額出資して設立された法人であり、(第四条)総裁、監事は被告が任命し、副総裁及び理事は総裁が被告の認可を受けて任命し(第一〇条)、右目的業務については被告の監督を受け被告は、公団に対して必要な命令を発することができる。(第三四条)又公団の業務及び資産の状況に関し報告をさせ又は被告の職員をして公団の事務所に立ち入り業務の状況もしくは帳簿、書類その他の必要な物件を検査させることができる。(第三五条)、又公団は、毎事業年度、予算、事業計画及び資金計画を作成して当該事業年度開始前に被告の認可を受けなければならず(第二二条)また決算についても作成した財務諸表を被告に提出してその承認を受けなければならない(第二四条)。又政府は法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律第三条の規定にかかわらず国会の議決を経た金額の範囲内において、公団の発行する道路債券にかかる債務について保証することができるし(日本道路公団法第二八条)、行政代執行法、土地収用法の一部等の規定については公団を国の行政機関とみなして、これらの規定を準用する(同法施行令第八条)ことになつている。

(三)  前記措置法が規定するように被告が高速自動車国道の整備計画決定後爾後の新設手続に関する権限を公団に代行施行させることができ、その場合公団が被告の監督下にあつて権限を行使しうること、又公団法の規定によれば公団は公的な性格を有し一般的にその業務につき政府並びに被告の監督下にあること等の事情を考慮すると、公団は形式的には、国から独立した別個の法人であつて国の機関ではないが右国道新設に関しては実質的に被告の下級行政機関としての地位、役割を果しているものと解することができる。

二本件工事実施計画書認可の意味について

被告が前記措置法に基き公団に対して山陽自動車道新設の施行命令を発し公団が成成した工事実施計画書を被告が昭和四八年九月二五日頃認可したことは当事者間に争いがない。

そこで措置法第二条の三に規定する被告の右認可がいかなる意味を有するかについて検討するに、前記のごとく被告は、内閣総理大臣が立案した基本計画並びにこれに基き被告及び運輸大臣が定めた山陽自動車道新設に関する整備計画を前提として国道法第七条により遅滞なく道路の区域を決定する等道路新設の手続をなしうるものであるが措置法第二条の二の規定により自ら道路新設の施行主体となることなく、前認定のごとく実質的には被告の下級行政機関とみなされる公団に対し施行命令を発し右道路新設をなさしめたものであつてこれにより施行権限を付与された公団が山陽自動車道新設のため作成した工事実施計画書については、被告が監督権を有するいわゆる上級行政機関の立場からその内容が前記整備計画に基くものであるか等を審査するを要し審査の結果これを承認する行為が右認可に該当するものと解される。

従つて右認可は上級行政機関が下級行政機関に対し自己の権限を代行させるにつき留保した監督権行使のための意思表示に進ずるものと解するのが相当である。

三右認可に対する抗告訴訟の可否、並びに原告適格及び訴提起の利益について

原告らは山陽自動車道予定路線周辺の住民として右認可の取り消しを求めるものであるが、前認定のごとく被告のなした右認可は被告が外部的に国民に対して行政庁の意思を表明するものではないから一般の行政処分と同様に解することはできずこれに対して抗告訴訟を提起することはできない。

行政処分と解すべきでないことはかりに被告が公団の認可申請を拒否した場合においても同様であつて高速自動車国道の設置は国全体の公益的見地から決定されるべきもので公団につき何らか利益の侵害があるとは認め難いから公団が被告のなした右認可拒否の意思表示の効力を争いうるものとは考えられない、

又仮りに強いて右認可に行政処分性を認めるとしても、現行の実定法上は行政訴訟も私人の個人的具体的な法律上の権利利益の侵害を排除することを目的とするものと解すべく、原告らは右認可により自己らの法律上の権利利益が侵害されるに至つたものとは認め難い。

山陽自動車道のごとき高速自動車国道新設の手続段階において原告ら周辺の住民の土地の形質変更、建築物の新築等につき制限を課せられるのは右認可後の手続として予定される道路区域の決定(国道法第二五条、同法施行令第七条による道路法第九一条)がなされてから後のことであり、右認可によつては原告らの法律上の権利利益に具体的な法律上の効果が発生しない。

又原告ら周辺の住民が現に享受しつつある環境上の利益が著るしく侵害されもしくは危殆に瀕した場合これに対する救済措置をとりうることは別として右認可は未だ原告らの環境上の利益に何らの影響を及ぼすものではない。

右認可の段階においては工事実施計画書の内容として山陽自動車道なる沿線名が付され縮尺二、〇〇〇分ノ一程度の路線計画が作成されるに止まり(ちなみに前記道路区域決定の段階においては道路区域を表示する図面の縮尺は一、〇〇〇分の一以上を用いることになつている。道路法第一八条同法施行規則第二条)措置法の規定上も右工事実施計画書の内容を変更認可する余地が残されておるのであつて右認可により山陽自動車道の路線が具体的に確定したと評価するのは適当でないしひいては山陽自動車道新設により不利益を受ける住民、原告らの範囲が具体化したものとも評価しえない。

更に早期訴提起の必要性が存するか否かにつき考慮するに、仮りに山陽自動車道竣工による騒音等の公害に基き原告らの法律上の権利利益の侵害が確然ないし蓋然的であるとしても山陽自動車道新設手続の一段階をなす右認可を抗告訴訟の対象として捉えることが必須とされるものではない。

認可の段階において抗告訴訟による救済を認めなければその後の既成事実の進行により救済の時機、方法を逸し原告を著るしく不利益な立場に陥らしめるということであれば解釈論的にも考慮の余地があろうがその必要性を認めることはできない。

以上本件認可は抗告訴訟の対象となりうる行政処分といえないばかりでなく、原告らは前述のごとく現段階においては行政訴訟制度を利用し、抗告訴訟を提起しうる適格、及び利益を有しないものといわねばならない。

四補足

原告らは国及び公団から他律的に立案計画された山陽自動車道新設工事の竣工により予想される通行車両の騒音、排気ガス等公害の発生により自然的環境が破壊され、これまで享受しえた環境的利益を侵害されることに不安をいだいていることが認められ、この不安感は原告らが山陽自動車道新設工事の立案計画及びこれと並行して策定されるべき環境保全対策の内容を知りえないことに基くものであつてこの不安感は一概に無視されるべきものではない。

前記国道法、措置法の規定を検討するも山陽自動車道新設に伴う環境変化につき国又は公団が事前にその影響を調査すべき義務はないし我国には未だ環境に顕著な影響を及ぼす開発行為につき周辺住民の意見を吸収する法制度は存しないが国ないし公団は行政上すでに閣議了解がなされている趣旨(昭和四七年六月六日、各種公共事業にかかる環境保全対策について)を尊重し速やかに山陽自動車道新設により著るしい環境変化を強いられる原告ら周辺住民の環境利益の保全につき積極的対策を講じ少くともこの内容を原告ら住民に開示し原告らの意見が真摯かつ建設的なものである限りこれを吸収して新設工事計画に反映させ、ひいては円滑な工事実施を計り、以て産業開発と環境保護との調和を全うすべきことが要請される。

五結論

以上のごとく本件認可の取り消しを求める本訴は主張自体抗告訴訟としてとり上げることに適しないので今後の審理を要しないで訴を却下することとし原告らが証拠手続として求める文書提出命令の申立はその必要を欠くので採用しない。

そこで訴訟費用につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して原告らに負担させることとし、主文のとおり判決する。

(田辺博介 平湯真人 海老根遼太郎)

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